楽山舎通信

わたじん8の日記です

1月21日(金)仙台で角野隼斗(かてぃん)コンサートを鑑賞

ピアニストの角野隼斗(すみのはやと)全国ツアー、仙台公演に出かけてきた。

ちなみに、本日2022年2月20日(日)がツアーファイナルで、東京国際フォーラムホールA。チケット完売。

福島(二本松)から東京と仙台では、距離感が全く違う。大雑把に言うと100キロと250キロ。当たり前か。

夜7時開演の公演に行く場合、東京だと午前で仕事を終わらなければ厳しいが、仙台だと、3時半まで現場にいられる。ああ、現場が自宅と近い場合に限るが。

昨年の春、2021年3月25日のサントリーホールは、小曽根真の還暦の誕生日を祝う特別なコンサートだったが、その場で、開場にいるアーティストの中で最初に紹介されたのが、角野隼斗だった。(と記憶している)。その前に、角野はサントリーホールでソロコンサートを開いた。小曽根真が注目する若手ピアニストの中で、ナンバーワンと言えるかもしれない。

角野隼斗というピアニストの名前は、その前からぼんやりと頭の中に入っていたが、その時に「小曽根真」とリンクしていることを知り、若い世代のクラシック系ピアニストの中では、反田恭平の次くらいに気になる存在になった。

その後、ブルーノート東京での配信で彼のライブを見、角野勇斗はクラシックというカテゴリーに収まらないジャンルを超えたピアニストだと知った。ちょうどその頃、NHKBSの「クラシック倶楽部」でもソロの演奏を見る機会があり、クラシック音楽における演奏と、そこからもっと広げた音楽、とりわけジャズの領域と、自由な才能に恵まれた若い音楽家であるとの認識を深めた。そして、コロナ禍だろうとなんだろうと、ライブを体感したいと思ってきたわけだ。ちなみに、2021年に開催されたショパン国際ピアノコンクールに出場して注目を集めたのか、チケットは完売である。

会場は、仙台の定禅寺通にある東京エレクトロンホール宮城宮城県民会館

ホール専用の建物でもなく、ビルの中に空間を仕切ったホールで、会場の入り口に並ぶということは、定禅寺通の歩道に人があふれるということになるわけで、ここに最初に来たのはパット・メセニーブラッド・メルドーのデュオライブだったが、「ほんとにここか」と思うようなエントランスだった。中に入ると、普通に広い空間ではあるが、やはり設計が古いというか、祝祭空間の演出という点では、印象の薄いホールである。

席は、2階のバルコニー席的なブロックの中の席で、14席の中では自分の隣が空席で、他はすべて自分より若い女性で埋まっていた。会場をざっと見渡しても、9割以上が女性であった。

開演までの間、プログラムを見たりしながら、上から見える範囲の席の中にいる男性が、隣に座る女性の連れなのか「お一人様」なのかを観察していたが、半々ぐらいの感じだろうか。30歳前後の、角野と同じ世代からちょっと上の世代の女性に圧倒的に支持されているという観客像がイメージできた。

プログラムは、ショパンガーシュインショパンガーシュイン。すごい取り合わせだ。個人的には、ベートーベンのピアノソナタを聞きたかったが、「怒涛の昨年」を印象づけるのは、やはりショパンガーシュインということになるか。

全く個人的な印象では、角野隼斗が私の中のガーシュインのイメージを書き換えるぐらいの演奏だった。それは、ブルーノートライブ配信でも一度見ていたし、彼が「小曽根さんのひくラプソディ・イン・ブルーが好きすぎて」と話していたことからも、その解釈とアレンジに、並々ならぬ情熱を感じてもいたのだが、やはり生音の持つ魅力は全然違った。

パンフレットの中にもあるように、角野はMCの中で、心の中に「少年」を持ち続けることの大切さを話していた。単に、技巧的に優れているということよりも、コアな部分に、「音楽好きな少年」の心を持ち続けていること、それが肝要であると。

そのことは、彼の発するピアノの音を通じて、十分に伝わってきた。とりわけ、ラプソディ・イン・ブルーの中で演奏したピアニカの音を聞くと、「少年」を心の中に置くことの意味が見えてくる。ブルーノートのライブのときには、トイピアノと電子ピアノもおいていたが、それは今回はなかった。ピアニカ吹きながら、繊細な息遣いでビブラート聞かせたりしながら、片手でピアノの鍵盤を叩くというパフォーマンスは、なかなか普通のクラシック系ピアニストにはできないことかと思う。

MCの中で、仙台での公演は2度めであると紹介し、最初は80席?ほどの小さなコンサートだったと話していたが、2度目は県民会館でほぼ満員(コロナ禍なので来ない人も少なくない)。コロナ禍の中での、ユーチューブ使った配信の威力も、ある意味で恐るべしである。

将来が楽しみという点において、私にとっては角野勇斗以上のピアニストはいないと言える。私は小曽根真さんと同世代で、角野隼斗とは33歳違うが、長生きすれば、彼が50歳でひくピアノの音も聞くことができるだろうか。きっと、ショパンでもガーシュインでもなく、角野勇斗の生み出す、「少年の心」をどこかにおいた音楽であろうとは思うけれど、それはおそらく、これから先の時代の変化を受け止めながらも、「永遠の少年」をイメージさせてくれる音楽だろう。と思う。

とにかく、すばらしいコンサートと出会いであった。

 

(お名前の隼斗を間違えていました。修正しました。変換で出てきたのをそのまま使っていて、何か違う。間違えていました。大変失礼いたしました)

 

 

f:id:watajin8:20220121212008j:plain

東京エレクトロンホール宮城

f:id:watajin8:20220121183309j:plain

入り口にあったモノクロ写真の表情がよい

f:id:watajin8:20220121210323j:plain

アンコールの一曲だけは写真撮影OKでSNSでの情報発信も許可済。ほとんどの人がスマホ持っていて、その分最後の拍手が小さかった