楽山舎通信

わたじん8の日記です

2022年6月3日金曜日 選挙戦はあと2日

昨日、回覧板で配布された市議会議員選挙の公報。

全候補の政見を拝見し、もっとも共感できると思われる一人が浮かんできた。

まあ、その方は、母の葬儀にも顔を出された方で、そういうこともあって、最終的な決定要因は、この公報と新聞記事の質問に対する回答であった。明らかな反市長派でもある。

前回の市長選挙は、無投票であったが、次の市長選挙で現市長が後継者に託して引退するというのは、現時点では考えにくいので、この市議選挙で明らかに「反市長派」を標榜して選挙活動をするということは、ある意味で次の市長選挙を視野に入れているという話になる。私の勘であるが。

昨日も触れたが、コロナ禍とウクライナ侵攻という国際的な不安要素の中にある現在、自民党支持率と政権支持率は上昇し、党内運営がガタつく立憲民主の立ち位置は非常に危うく、このことは、末端の地方自治にも影響を及ぼす。

しかし、自民党の支持率が高くても、非自民の市長が県議候補が自民系を打ち破って当選してきたというのが、この自治体の歴史でもある。

時勢的なタイミングのもたらす「運」というものは確実に存在し、その「運」を直感的に手に入れる術を知っている政治家が、負けると思われる選挙を覆して勝つのである。

逆に言えば、自民支持率が上昇傾向の中で、イケイケどんどんで強気の選挙戦をすすめると、ありえない敗北を味わうのである。

市議会議員選挙や市長選挙のようなもので、国会議員とのつながりを意識した「国とのパイプ」みたいなものを強調すると、その「上下関係」のいやらしさみたいなものが有権者の中に伝わり、支持率は高いのに票につながらない、ということになるのだろう。

結局のところ、二本松のような田舎社会にあっては、政策がどうのこうのという議論よりも、昔ながらの「ドブ板選挙」で有権者の心を掴む候補が当選していくのだろうと思われる。

しかし、個人的には「どぶ板選挙」で勝ち続けるリーダーが主導し続ける市政は、あまり良くないと思っている。言わなくても伝わる田舎社会の同調圧力型の政治から、言論による論理的な民主主義の政治に切り替えなければならないと、私は思うが。

さて、気が変わらないうちに、期日前投票に行ってこようぞ。