楽山舎通信

わたじん8の日記です

生きることは食べること

昨年の8月に母があの世に逝ってしまい、ついに一人暮らしになった。

母がいなくなることで、毎日の暮らしで大きく変わったのは私の食生活である。「衣食住」の「食事」を支えていたのは母親だったので、食料品の買い出しと調理・片付けなどの台所仕事が、自分の仕事になった。

このことが、生活に大きな変化をもたらしていることは、言うまでもない。在宅時の時間の使い方が、大きく変わった。

もともと、台所に立つことはキライではなく、母親が生きているうちから、母が仕事で忙しいときなどは普通に私が調理し、洗い物もしていた。がしかし、全くの一人暮らしになると、いわゆる「張り合い」がなくなり、最初の頃は「孤食」の夕飯が、非常に寂しくつらいものがあったが、さすがに半年も立つと、その状況にも慣れてきて、一つのパターンができてきた。

毎日食べるものは、母親が献立を考えて買い物をして調理していた頃に比べると、メニューで言えば1割以下だろうし、口にする食材は、3割以下ぐらいだろう。食べ続けている食材と、口にすることのなくなった食材を対比すると、「よくこれで生きてるな」ぐらいの話なのだが、おそらく、それなりに健康は維持されていて、しかも、体重が減ってきて適正化されてきた感じなので、運動習慣がなくなっているわりには、身体が軽い。

食事は究極的にシンプルになり、「一汁一菜一飯」で朝昼晩を賄っている。これで飽きが来ないのは、おそらく「玄米菜食少肉」がベースになったからだろう。

昨秋の終わり、11月に母親の実家から玄米30キロを頂き、それまで買っていた白米が切れた段階で、玄米を食べ始めてみたら、けっこう新鮮な感動があり、そのまま玄米中心の食生活になって3ヶ月が経つ。

コンビニで弁当を買うということはゼロで、外食はどこかにでかけた時ぐらいなので頻度は少なく、割合で言えば、食事の90%ぐらいは、自分で調理する玄米食ということになる。弁当つくる時間が確保できない時に、昼はカップラーメンと菓子パン・コンビニのサンドイッチの世話になる。

具だくさんの汁物は、結局のところ圧力鍋での調理となり、というか、煮る・蒸すという調理は、全て圧力鍋利用なので、ここも、母親が調理していた頃と大きく変化したところだ。普段の味噌汁づくりに、「高価な」圧力鍋を使うことはなかったので、可能な限りの圧力鍋利用は、玄米食とともに、大きな変化だ。

買い物に出かけても、出来合いの惣菜はほとんど買わなくなった。味覚も変わってきたのだろうか。マジで、味噌汁と納豆、漬物ぐらいで満足できてしまう。と言っても、週のうち2日はカレーを食べるだろうか。高校卒業後に、東京に出て一人暮らしを始め、そこから33歳までの一人暮らしの中でも、たぶんそんな感じ「カレー中心」のメニューだったが、「玄米」が常食になったのは、昨年から今年にかけての大きな変化である。

私は「食」に対して、強烈な欲求がない性格なんだろう。さしみを食べたいとか、とんかつ食べたいとか、うなぎ食べたいとか、ほとんどない。

あとは、還暦の年となり、そもそもが、若い頃のように、いろんなものをたくさん食べる必要もなくなって来たのだろう。

玄米菜食少肉の一汁一菜がベース(1週で1キロ未満の豚肉は買う)ながらも、それがストイックなものでもなく、それぞれの野菜の味わいが楽しめ、自分の料理を「旨い」と言えるぐらいには、満足した毎日の食事にはなっている。大雑把で適当な味加減でも、自分で「旨い」と思える手前味噌なこの食生活は、果たして私をどう変えていくのであろうか。

ある意味では、楽しみな実験でもある。