楽山舎通信

わたじん8の日記です

2022年12月24日(土)『聖夜のメサイア』鑑賞

2022年12月24日(土) 星野道夫「悠久の時を旅する」を鑑賞 - 楽山舎通信

東京都写真美術館から、サントリーホールへ。

3時ちょうどに恵比寿ガーデンプレイス東京都写真美術館を出て、4時開演のサントリーホールへ向かう。移動に見ていた時間は30分。目黒駅まで歩いてそこから地下鉄南北線で六本木一丁目という予定だったが、スカイウォークを恵比寿駅に戻り、目黒まで一駅山手線でつないで南北線。思っていたよりも時間がかかり、サントリーホールに到着したのは3時40分。

ホール前の電飾は、たぶん節電モードで抑えめの感じ。入り口で手渡されたコンサート案内チラシの束がずしりと重く、帰宅して数えると76枚あった。中で私がすでに予約していたのは、ブラッド・メルドー紀尾井ホールソロリサイタル。7月公演予定の振替分。この公演のオーケストラ版は、サントリーホール予定のものがオペラシティに変更となり、こちらも行きたいのだけど、チケットは取っていない。ちなみに、ブラッド・メルドーは76枚チラシの中で唯一のジャズピアニスト。なにゆえ?。

今回のシートは、2階C7列10番。カテゴリーはS席で10000円。オンライン配信は2000円。アーカイブは1週間。昨年は配信で見ていたのだけど、ソプラノが森麻季パンデミックで日本人歌手で代役)で、これは絶対に来年はサントリーホールに行くと決めていた。ちなみに、昨年の暮れは、オペラシティで第九を鑑賞して終了した。今年は、サントリーホールで「聖夜のメサイア」で締める。

いつもながら、開演前にホールに緊張感が生まれて、客席が暗くなって舞台だけが照らされて、拍手と共に演奏者が登場する瞬間が、たまらない。

ヘンデルのオラトリオ・メサイアは、演奏時間2時間半。第1部と2部の間に休憩が20分ある。

第1部は、表現が難しいが、朝から移動と鑑賞で動き回った私は、中程で眠くなってしまい、レチタティーヴォで睡魔が来て合唱で目が覚める感じで、全47曲の中の18曲まで。ソリストは、アルトがカウンターテナーの男声で、男声3人で女声はソプラノの1人。カウンターテナーのアレクサンダー・チャンスさんは、おそらく舞台に上がっている演奏者の中で最も身長が高い方であったと思うが、素晴らしい高音で歌われていてびっくりした。今年は、10月のBCJモーツアルト・レクイエムの時に、同じくカウンターテナーの藤木大地さんの声を聞いたが、ちゃんと聞くと、やはり女声じゃなくて男声だなと思うのだけど、やはりあの声が出るのは、驚異的であった。

休憩で眠気が抜けて(失礼ながらも)、第2部からは全く違った印象で音が入ってきた。ボケッと聞いてると通り過ぎていく音が、ちゃんと脳に届くようになった。この違いは、けっこう大きい。単に「心地よい弦楽の響き」が、まどろみじゃなくて刺激になる。通奏低音のオルガン、そう、オルガンは古楽の楽しみでおなじみの大塚直哉さん、の音も聞こえるし、チェンバロの音もわかる。ボケッと聞いていると、通奏低音の音は全くわからないが。

いつも以上に、ソロパートよりも、コーラスが印象深かった。この大傑作にしては、ステージ上の編成はコンパクトという印象で、ああでも、10月30日にオペラシティで聞いたモーツアルトのレクイエムと同じくらいだろうか。サントリーホールは、ステージからの空間の広がり方が違うので、印象が違うが。

コンパクトな編成の中で、とりわけ目立つ立ち位置だったのは、やはりトランペットのお二人。左手を腰に当てて、右足をかなり斜め前に開き、力強く立ちながらの演奏も、クラシックコンサートの中では独特で、しかも音色がもう、「シビレル」の一言。出番は少ないのだけど、第3部43曲のバスのアリアとの掛け合いが、ほんとうに素晴らしすぎて、これ聴くだけでも福島から見に来た価値があったと思った。

いやもちろん、第2部の終曲の合唱、ハレルヤのコーラスは力強くて最高だったし、全てはその「ハレルヤ」のためにある、と言っても過言ではないメサイアだったし、これは新型コロナの影響がなければ、客席の聴衆も一緒にコーラス参加だったのだろうと思ったが、合唱は聴くだけの自分も、歌えるならば歌いたい気分に高揚していた。

いやほんとうに、もう一度言うけれども、ハレルヤのあの高揚感を味わうために、メサイアはある。と、素人目には思うのであった。

そのハレルヤや、最後のアーメンのコーラスにも増して、とにかく最高に印象深かったのが、ジャン=フランソワ・マドゥフさんのトランペット演奏。

とにかくかっこよくて、見とれていた。バリトンの大西宇宙さんとの掛け合いが、この演奏会のキモといえるほどに、見事で感動した。CDで聞いているのと全然違って、トランペットはソロかと思えるほどに(オーケストラの音も聞こえる)、サントリーホールの中を響き渡っていた。

2時間を超える演奏ではあったが、終曲のアーメンに向かう頃には、ああ、もう終わってしまうのかと、名残惜しくなっていた。

いつまでも力強いカーテンコールが続き、とりわけトランペットのジャン=フランソワ・マドゥフが紹介された時の拍手が一番大きかったように、私の耳には聞こえた。

いやほんとうに、印象深いトランペットだった。

カーテンコールの間に、何人かの人がスマホで写真撮影していて、そこにスタッフが制止に行っていた。NHKホールでのN響の演奏会がカーテンコールでの写真撮影を解禁していて、同じようにカーテンコールのみOKという演奏会は少なくないが、サントリーホールはまだ厳しいのだろうか。まあ、スマホで撮影よりも拍手だよな、とは思うが。

そうそう、アンコールがあったのだ。メサイア一曲だけじゃなかった。第九もレクイエムもアンコールなしだけど。

アンコールは、クリスマスらしくアカペラコーラスのみで賛美歌「牧人ひつじを」(で良いのか?)、これがメサイアのコーラスとは一味ふた味違い、最初の弱音のハーモニーが、小さな音だけど、一人ひとりの声が力強くて、変な表現だけれども、力を込めた弱音から広がる展開に、泣けた。さすがバッハ・コレギウム・ジャパン

大きな余韻に包まれながら、同じように感動の余韻の波のような観客の人垣の中をホールの外に出ると、入る時には目立たなかったホール前のイルミネーションが、一層キラキラと光って見えた。時刻は午後7時15分。一曲なのに、ずいぶんと長い演奏会で、ヘンデルメサイアが、いかに優れた傑作なのかということを、改めて実感できた。

ヴェルディモーツアルトフォーレのレクイエムを聞いて、最後はヘンデルメサイアで締められた2022年、寅年で還暦の令和4年。

振り返ると、ずいぶんとクラシック音楽にのめり込んだ年であった。パンデミックから開けつつあって、中止延期がなくなり、堰を切ったように演奏会の情報が押し寄せてくるということも、あるのかもしれない。

今年鑑賞した演奏会12本のまとめは、別のブログに年内にはまとめたい。